Kobe University

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教育理念

何を目指すのか

この100年、200年の間に新しい「価値」を持つ技術や商品、サービスなどが次々と登場して、私たちの生活は飛躍的に向上しました。しかし、未だに私たちの社会には難問が山積みで、現状を維持することですら容易ではありません。人間の喜びに直結し、幸福感を形成する「価値」を生み出す人材が必要とされています。

もちろん、新しい「価値」を生み出すことは簡単ではありません。
具体的にはどうすれば良いのかといえば、それは難しい問題です。新しい「価値」を生み出すための普遍的な処方箋などどこにも存在しません。それでも、豊富な経験に基づく知見や、深く真摯になされた考えに触れ、自分自身で思索し、その結果を人に伝えて議論することは、新しい「価値」を創造することの種や鍵になることでしょう。
V.Schoolは、その「思索と創造」の場を目指すものです。

思索の出発点:価値設計と価値創発

人間は様々な [創作物] を生み出します。
自動車や家、携帯電話などの工業製品や、絵画や小説、音楽は典型的な [創作物] です。都市や社会、サービス、文学的作品、数学や物理学の理論、ものの見方も広い意味での [創作物] です。
このような [創作物] の創造は、しばしば下記のような「流れ」で生まれます。

たとえば、「人や物が行き交う社会」が「背景」にあり、「早く安全に移動する」という「課題」に応じて、「自動車」という「創作物」が発明されます。また、「古典力学では説明できない実験結果」が「背景」にあり、「実験結果を整合的に説明する」という「課題」に応じて、「量子力学」という「創作物」が発見されます。

もちろん、このような説明にはいろいろな問題があります。
たとえば、[創作物] は [背景] の中でこそ意味を持つものなので、[背景] から始まり [創作物] に至る「流れ」ではなく、[創作物] から [背景] にも矢印がつながる「循環」を考えるべきです。
たとえば「循環」を考えないことが環境問題などの原因になります。また、[背景] から [課題] への矢印は自然には繋がりません。その矢印には期待や欲求といった人間の主観的な判断や行動が深く関わっています。

[課題]から [創作物] への矢印や、[創作物] から[背景] への矢印についても同様です。
V.School ではこの二種類の問題に注目し、[背景] [課題] [創作物] という「現実の世界」の三要素に、 (期待) (機能) (価値) という「主観の世界」の三要素を加えて、「価値創造」を六要素からなる次の循環で考えます。

このとき「価値創造」という問題は、「価値を担う創作物をいかにして実現するか」という問題と、「期待された機能をいかにして発現させるか」という問題に分解されます。
たとえば工業製品については、前者は商品化や市場開拓を含む広い意味での創作物の「設計」についての問題ですし、後者は全体が「部分の働きの総和」を超えた機能を発現する「創発」についての問題です。

V.School では前者を「価値設計」と呼び、後者を「価値創発」と呼びます。
ただし「価値創造」の六要素が「価値設計」と「価値創発」のどちらかに分類される訳ではありません。
その六要素のいずれもが「価値設計」と「価値創発」の両面を持ちます。すなわち「価値創造」は「価値設計」と「価値創発」の「和」ではなく「積」のようなものです。この考え方は次の等式で象徴されます。

V.School の開講科目は、この「循環」の図式と「価値創造」の等式をもとに構成されています。
もちろん、「循環」は「流れ」よりも取り扱いが難しいですし、主観的な判断や行動を客観的に説明することは困難です。

三要素の「流れ」の図式を六要素の「循環」の図式に書き換えても、すぐに何かが明らかになる訳ではなく、問題をいたずらに複雑にするだけかも知れません。そもそも「価値設計」と「価値創発」は必ずしも明確には区別できませんし、「循環」の図式や「価値創造」の等式が、または、そのような図式や等式を用いて「価値創造」について考えることそれ自身が問題を含んでいるかもしれません。それで構いません。

V.Schoolではこれらの図式や等式を「価値創造」についての「真理」であると考えるのではなく、議論や批判の対象となる「価値創造」についての「思索」の出発点であると考えます。